コシヒカリなのか、風で倒れた稲穂を収穫するのは面倒だろうなと思うと、そうでもないと言う農家もいる。倒れ具合にもよるのでしょうが、美味しい米を食べさせてもらえると思えば、どちらにしてもありがたいことだと、喜多方の田園を横目に通り過ぎる夕暮れに稲穂は赤く葉は黄金色に。
2025年11月7日金曜日
2025年11月2日日曜日
山の生き物とくらし。隣の家のアキラさんがタヌキ欲しいか?とやってきたので。
隣の家のアキラさんがタヌキ欲しいか?とやってきたので、見に行ってみると罠にタヌキがかかっていた。
2025年9月28日日曜日
山地の日常的な生活、夕顔
本日終了(2025年9月28日)の米沢で開催されたミナミハラアートウォークにS&T(ギャラリスト上村氏の主催するギャラリー)を通じて出品させていただいた立体作品「日常的な生活、夕顔」。
ミナミハラアートウォークにご来場いただいた方は、一足先にご覧いただいているものですが、土台の部分も含めて杉の廃材で削り出し、オニグルミのインクで着彩し、ワトコオイルをコートしたものです。防腐剤などは使っていないので、ゆっくりですが少しずつ経年変化が想定されています。
山中の村で制作作業をしていると村の近所の人が農作物を持ってきてくれます。自分の作業しているものよりも余程美しいなと思えたりするところがあって、そのままその美しいところをしばらくの間、定着させたいと思うと、それまでの作業を止めて、農作物の美しいと思ったところを削り出していきます。
どの農作物の削り出しも実寸大ですが、良いなと思えたところを捉えられた時点で作業を止めるので、完全にリアルなものとして再現するわけではありません。着色も含めて捉えた時点で蜜蝋かワトコオイルを塗り完成させる、と言った具合です。
農作物も少しずつ乾燥したり変化していくのでナルハヤで作業します。
山地の雪が溶けてようやく村人が思い思いの作付けが出来る様になり収穫出来る時期は夏の一時期で、そのあと秋口には大根、はくさいぐらいの収穫になり、冬支度になるので、ある種の収穫と生の喜びに近いものが農作物に宿っているように思えたりするところが、美しいな、というところなのかもしれません。 夕顔は一般的なスーパーなどでは見かけません。
実際、大きくてわざわざ購入して持っていくのも、調理の汎用性を考えても、ちょっと躊躇します。が、その大きさや重みに気持ちが上がります。持ってきてくれた人も嬉しそうに面白そうに持ってきて、大きさや重さを話題にして、話がはずむところを同じ様にこの制作物から感じてもらえればと思ったりしたのでした。
2023年4月10日月曜日
平野の樹林(小貝川の段丘斜面林)
【樹林形成・緑地】小貝川段丘緑地(ケヤキ、シラカシ、モウソウチク、ネザサなど)
関東平野は日本の中でも広大な平地が続く。
人は平地を耕作地に開発してきた。すっかり見渡す限り、人の暮らしに直接資する農地と市街地と道路ばかりが目立つが、よく見ると細長く続く樹林が見える。平地にあっても河川の長年の歴史によって生み出された段丘斜面があって、利用効率の悪い斜面が緑地(樹林)として残されているのがわかる。
遠目からは落葉樹と常緑樹の混交林といった雰囲気だが、実際はどんなものか。
遠目からは高さをあまり感じないが、斜面の高さは12〜15メートルはあるようだ。斜面の角度が45度だとしても緑地の幅は15メートルはあることになる。それが小貝川に沿って何キロも続いているのだから、農地と市街地が広がる土地としては貴重な樹林だと思う。
近づいてみると、真っ先に目立って見えるのはネザサと竹林なのであった。
斜面下に立つと、貴重な樹林はみっちりと隙間なくネザサや竹に覆われて、遠くにポツポツとケヤキの大木が見える程度だ。合間にはもしかしたらケヤキやカシの稚樹がいたりするのかもしれないが、明らかに旺盛なのは竹林だ。
このまま放置していれば、そのうち斜面は竹林だけになってしまうのかもしれない。
肥料も薪も必要としない現代においては、竹林だろうが賊樹林だろうがどうでもいいのだろう。
しかし、もう少し残された緑地(斜面林)の有り様を考えてみても良いのではないだろうか、と要らぬ心配をしてしまった。
大木と竹林では人がわざわざ入っていきたくはない面倒な緑地にしか見えないのかもしれない。
自然にとってはそれでいいのかもしれない。ただ、どんどんと人の暮らしの調和という感覚はどんどん薄れていくように思えてくる。
2023年4月8日土曜日
梅林と海軍道路の桜並木
【樹林形成・緑地】
横浜市の西、大和市との境あたりに「海軍道路」と呼ばれる道がある。
桜の街路樹が延々と続く道。あたりには建物らしい建物がほとんどない、首都圏近郊では珍しい場所。サクラの並木が広大な原っぱに続いているが、子供の頃と比べると並木が片側だけの区間になったり、幹線道路からの入口付近は道路拡幅や道路線形の変更が行われ並木そのものがなくなってしまったり、ソメイヨシノは管理が大変ということで伐採されて歯抜けになっているところも目立ち、徐々に桜並木の景色が失われてきている。県や市はどうやらこの桜並木を残す気は無いらしい。
明治神宮の森が今、開発の波に晒されているように、このあたりも開発の計画があるようで、開発が進めば、この桜並木もいずれなくなってしまうのだろう。
海軍道路とは
旧日本海軍の弾薬庫だった場所の敷地内道路だった。
桜並木は戦後のものではないだろうか。まだ調べていないのでわからない。
戦後、弾薬庫は進駐軍に接収され、つい最近まで米軍の通信基地となっていたが、
衛星による通信が発達しその役目が終わり、日本に返還された。こうした米軍の土地は沖縄県に次いで神奈川県が多い。私の家の近くでは厚木飛行場や座間ベースなどがある。
自分は米軍になってからの海軍道路しか知らなかったので、米軍の海軍の道ということかと思っていたが、日本の海軍の道だった。
首都圏近郊になる広大な緑地は概ね240ヘクタールほどあるという。
貴重な緑地がこれから開発の憂き目に合うという事なのだが、2023年現在の日本の景気状況では目処が立たず、あまり開発は進んでいないようである。
戦前は海軍の弾薬庫、戦後すぐには軍から地元の農家に払い下げられたが、その後進駐軍に接収されてしまった。この接収されるまでの間は戦後動乱の食糧難の時期で、払い下げられた土地は畑となり食糧生産の現場となっていたという。
その後、通信基地の規模が縮小され1ヘクタールに満たない大きさで地元農家に払い下げられたらしい。それで親の代で梅林にしたのだとここで出会った農作業をしている地元の年配の方に伺った。結局、地元の地権者は時代に翻弄されて2度土地を買わされているみたいな事になって、そして今、開発するとかなんとかで、買い上げが進められているらしいのだが、それで明け渡す際に、梅林を撤去しなければならないらしく、一部伐採したものの、不景気のためか、現在(2023年4月現在)明け渡しが伸びてしまっているそうだ。
目につくのはバックホウで造成のようなことをしている場所。もう開発の造成が入っている場所もあるのかと思ったら、都心のトンネル工事などで排出された土の置き場になっているということだった。
野良仕事をしていた老人は、土地が時代に翻弄されてきたことを経験した為か、こういう時は波に飲まれてあらぬ事になってしまうから静かにしているのが一番良い、と言っていた。
権力や世界の情勢に付き合わされて跳ね飛ばされていく人がいたのを見てきたのだろう。
梅林)
彼の農地には梅林が植えられていて、3つに区分されている。一つは草刈も剪定も漁れている管理された梅林、そして全く管理をしていない枝が密集し地面も草刈されていない梅林、そしてその合間にある畑。畑の合間には梅の根株が残っていたりしているので、最近まで全体的に梅林だったことが伺える。
先に書いた通り、梅林を処分してくれと言われて、処分し初めたのだが、結局まだ引き取ってくれないので、ネギなどを植えて畑にしているとのことだった。管理している梅林は欲しいという人がいるのでやっているらしく、管理していない梅林は売れもしないし、管理も大変なのでそのままという状態だということだった。
人の暮らしも社会に惑わされていくが、身動きの取れない植物は人の都合で植えられたり切られたりと、身勝手な人間に難儀している。それでも息吸うことすら人の生存に不可欠な植物たちは、人間の身勝手な活動をゆっくりと見守り、文明が止まれば自然の力として覆い被さってくる。だから、気にすることもないと言えば無いのだが、どちらかといえば人間にとって良好な暮らしには、植物との調和的な暮らしや個人、公共に関わらずもっと多くの適正な緑地を確保し良好な景観形成していくことが必要に思う。むしろ植物のためではなく、人間のために植物との調和的な環境が必要なのでは無いだろうか。
(文章がまとまっていないようにも感じるが、メモ書きとして、20230408田賀)
2023年2月24日金曜日
なまらないように(ある日)
お籠もりが続き足腰が弱る。マズイと思い今日は晴れていたので少し歩くことにした。
2023年2月7日火曜日
晩春に短い成虫の時を過ごすキアシドクガ
ドクガと言っても言っても毒があるわけでもない。
むしろはかなく可憐に見えてしまうのは、短い一生の時を舞うからなのだろうか。
ミズキを食相とすると言われているけれど、見ているとミズキ以外の樹木の周りにも多く見られる。2020年5月20日、神奈川県大和市泉の森にて。
2023年2月5日日曜日
シラカシの純林
あまり難しいことは書きません。雑感をダラダラと書き留めます。
たまに散歩する公園の斜面林はシラカシの純林ということで神奈川県の天然記念物に指定されているのだとか。この泉の森と言われる公園は小学生の頃、水源池、と言われていた場所で、「1人で遊びに行ってはいけません」とか「入っちゃいけませんとか」言われていましたが、今は公園として整備されています。
天然記念物と言っても、人が薪炭林などで管理していた二次林の樹林なのだと思いますが、相摸野台地という周囲に山というものが全くない場所で、樹林として残っているということがとても貴重なのかもしれません。ほとんど都市化してしまった神奈川の北部の貴重な二次的な自然と言えるのでしょう。国道246号線や東名高速道路で都心から来て初めて出会う大きな緑地帯で、大きな道からも林冠を見ることができます。
シラカシは常緑樹なので樹林自体は少し暗めです。植生的に面白いかと言われれば、もう少し多様性があってもいいかなとか、勝手に思ったりします。純林で残すのもいいけど、循環里山みたいな部分を整備、管理しても良いのではないかな、と思ったりしますが、今は管理が行き届かず、樹冠からの大枝の落枝の可能性がある場所などは通行禁止になっていたりして、なかなか管理も樹林の維持の考え方も含めて調整して市民活用というには難しい課題もありそうです。
この公園は現状の緑を残すように管理されていますが、それは大和市の水源池であることからなるべく人が開発的な活動をしないように維持されてきたことが、現代の都市化した首都圏郊外でこれだけの緑地が残された大きな要因なのだと思います。それゆえ山地じゃない場所でよく樹林が残されていて、もし水源地でなければ多分開発されて緑地など残っていなかったことでしょう。自前の水が確保されているということは、その土地の自然度を保つということ、そしてそのお陰でそこで人の暮らしが担保されていることの現れ。逆に言えば、自然度のない場所は人の暮らしが自立して成立しない土地であることは間違えがありません。
都市化した都心、そして郊外でのそれでも人の暮らしは自然と切り離せないことを象徴的に見せてくれている場所はとても貴重なのだと思います。この泉の森をはじめとした引地川に沿って連続する公園群は市民の憩いの場としてよく活用されていると思いますし、水源池ということもそれなりにPRされているとは思うのですが、それ以上に人々の生命の源泉としての水源の保全ということに必要な自然度、ということをもっと周知しても良いのではないかなと思うのでした。
2018年9月24日月曜日
イノシシの親子に会った日
それでも自分なりに作業そするわけだが、合間に休憩をとり適当な場所に横たわってみる。存在感を消して静かにしていると、、、自分の作業するような場所はそんなに野生でもないのだが結構いろんなのがやってくる。ヤマガラ、キジ、ホンドジカ、イノシシなど。
じーっと、見ていたら、さすがに母親が気付いて、僕を見つけて驚いたように、フゴォ!っと、鼻息を鳴らして、一瞬緊張が走ったが、ウリボウ達を連れて逃げていった。
「泥の河」での藤田弓子の入浴場面は母性の持つ偉大さを最大限に観るものに与えてくれる、田村高廣のおっちゃんと対をなす重要な場面だとおもう。
そして、印象深いのは今村昌平監督の「黒い雨」。うら若き女性が被曝に冒されていることを若い美しい女性の肢体に強烈なコントラストとして見せつける。キャンディーズを引退して、女優として初めて復帰した田中好子の入浴場面ということもあり、衝撃的で実に効果的な演出だった。
(是非、興味のある方に観てもらいたいので、写真拝借しておりますが、問題があるようでしたらご連絡ください。)
2018年7月29日日曜日
ちょっと、サイン考
毎年訪れる美女峠道。頂上と明記されたサインのあたりでいつも小休止する。その時その時では気付かないが、写真で比べてみて初めて毎年の当たり前のことが微妙にニュアンスが異なるように思える。標識があればこそのの微妙な違いも感じるが、もし標識がなければ茫洋とした、輪郭の曖昧な自然の中であまり差異というものは感じないのかもしれない。なんの変転つもない木の板の標識だからこそ、微妙な差異を感じられる。
少しずつ、思うところをサインについてまた触れられたらと思う。
2017年8月5日土曜日
懐かしき銀座の風景
銀座コリドー街のにぎわい。
バブル終盤のコリドー街は随分と薄暗い印象だったが、一頃から比べると人で賑わっているのだ。そしてコリドー街の店はことごとく刷新されている。昔見慣れていた看板はほとんどなく、自分が少々馴染みにした店もほとんどない。馴染みにした店といっても、銀座でそれっぽく飲み食いしたいい感じの話ではなく、例えばコリドー街に面した角のスターバックスは昔、モスバーガーだった。
2017年6月26日月曜日
道路の管理
道路沿いの街路樹の管理は当然の事なのだが、必要な事だが何でもかんでも伐採すればいいという事ではないと思う。
街路樹とは別に、山道について周囲の山林の管理は10年ごとに行うなど、道路管理の一環として行う必要があるとおもう。
私の提案としては道路路肩から10〜15メートルの範囲で、里山管理のように道路管理がなされれば山林環境にとっても、道路の安全性にとってもよい。
是非、考えてほしいものだ。
私が関わっている道普請事業などでも、なかなかその周辺管理について理解が得られないのだが、こうした事故を機に検討する機会としてほしいとおもう。
倒木が乗用車直撃 運転の男性死亡 熊本
この事故で車を運転していた熊本市東区渡鹿の介護士、小島由裕さんが(32)頭などを強く打って病院に運ばれましたが、およそ1時間半後に死亡しました。
また、小島さんの後ろを走っていた軽乗用車も倒れた木に接触し、バンパーが壊れるなどしたということです。
道路を管理する熊本市東部土木センターによりますと、倒れた木は直径がおよそ50センチあったということです。
現場では大雨による土砂崩れなどは確認されていないということで、倒れた木は古く、根元が腐っていた可能性があることから警察が原因を調べています。
2017年6月11日日曜日
基地
(ひるさる をぅーじばたきや)
ざわわ ざわわ ざわわ 風が通り抜けるだけ
(かじが とぅぃぬきぃる びけぇじ)
(ちゅぅんみぃゆるかじり みどぅりぬなみがもぉいん(舞う)なちぬふみちぬなぁかぁんじ)
(ひるさる をぅーじばたきや)
ざわわ ざわわ ざわわ 風が通り抜けるだけ
(かじが とぅぃぬきぃる びけぇじ)
(んかし海ぬかぁま(彼方)から いくさがゆしてぃちっい なちぬふみちぬなぁかぁんじ)
ざわわ ざわわ ざわわ 広いさとうきび畑は
(ひるさる をぅーじばたきや)
ざわわ ざわわ ざわわ 風が通り抜けるだけ
(かじが とぅぃぬきぃる びけぇじ)
(あぬひぃかんぼぉぅ(艦砲)ぬあみ(雨)んかい すぃ(父)やうちゅくゎぁってぃ なちぬふみちぬなぁかぁんじ)
(ひるさる をぅーじばたきや)
ざわわ ざわわ ざわわ 風が通り抜けるだけ
(かじが とぅぃぬきぃる びけぇじ)
2017年6月9日金曜日
キャンプシュワブゲート前
辺野古の集落は、ベトナム戦争の時代からの残像が残る。沖縄北部集落の過疎化や地域だけでは解決しがたい中央の様々な事情によってねじ曲げられた経過を静かな海を前に感じます。そしてその海も今、中央の勝手な事情で改変されようとしている。
沖縄の人、おじいやおばあの活動はただ基地がどうしたということだけではないのだろうと実感してきました。







































