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2025年9月25日木曜日

綺麗なグリーンの特製ドライマティーニ

鹿の赤ワイン煮、鶏モモ肉のコンフィ、デザートはカボチャのカステラ。特製ドライマティーニと、久しぶりにカクテルを作って飲む。
いわゆるドライマティーニは、ジンとヴェルモットをステアして、オリーブをグラスに沈め、最後にオレンジだかレモンだかのピールの香りをグラスの上に放つらしいのですが、特製マティーニは、イチジクの葉を漬け込んだタンカレーとノイリーで割ってステアしたものです。我ながら、ジンのネズの香りとイチジクの香りが合間って絶対に鹿肉には合うだろうと思う(針葉樹のネズの木のある標高の高い山地と鹿の生息地が近くて風景まで感じさせてくれるよう)。小洒落た感じでオリーブを1つではなくて、一杯に付き3つ、4つはオリーブを入れてオリーブをカリカリしながら塩味味わいながら飲むのが吉(写真にはオリーブが1つしか見えないけど、4ついれたんだけど、食べちゃったさ)。
イチジクの生葉を漬け込んで綺麗なグリーンに染まったタンカレーが特製マティーニを爽やかにしてくれる。オリーブのグリーンとイチジク葉のグリーンの取り合わせが綺麗だなぁ。
ちなみに、鹿の赤ワイン煮も鶏もも肉のコンフィも、カボチャのカステラ(ナスのコンポート添え)も、27日の只見町のこみと屋さんでの営業の仕込みなので、食べたわけじゃないです。
(こみと屋さんインスタ→ https://www.instagram.com/komitowu/?hl=ja 、美味しいカンパーニュを販売してます。)

僕のご飯は、海苔とかつぶし、胡麻塩をかけたご飯とけんちん汁。どちらも先日営業の残り物。でも十分美味いよ。

マティーニは、最近の瓶詰めの成果を試したもの。イチジクの葉っぱは、乾燥したもの、オイル煮付けたもの、そしてお酒につけたものを作ってみた。色は綺麗なグリーンだが、豊富にポリフェノールを含み、肝障害、高血圧、血管の保護、皮膚の炎症防止に効果があるらしい。イチジクは神奈川の家の庭で出来たもの。他にビワの葉を乾燥させてビワ茶に、暑さのせいか実はかなり収穫できたのでブランデーに漬け、またビワ酢も作ってみた。ビワ茶は綺麗な赤色で、ビワの実の酢はアンニンのような独特の香りと自然な甘さが吉。
そして、只見町の布沢地区で採れる堅果になる前の未熟なオニグルミの実を煮出して熟成させて、絵を描くためのインクとお酒を作ってみた。クルミのお酒はイタリアでは作るらしい。ザラメとねっか(只見のお酒)煮出したクルミの液体を混ぜて発酵させる。黒い独特な自然なインク?の味わいは多分、消化機能を補完してディジェスティーボとして飲める感じです。
そんなわけで、緑と赤と黒と揃った感じが嬉しい。
スタンダールになぞらえれば、自然(緑)と生(赤)と死(黒)が揃った、というところか。
19世紀中期、産業革命の後、様々な階級闘争が起こり、権力と経済抗争が分化して、魑魅魍魎(自筆なら書けない漢字)が群雄割拠し、個人にしろ国家にしろ生と死を往来した時代を背景に主人公が葛藤する様が実際の事件に準えて小説化された「赤と黒」。歴史は繰り返されるように、現代もまた似たような状況に見える。19世紀は、古典主義からロマン主義が台頭し庶民のリアルを体現しようとするなか、クールベのような田舎から抵抗勢力として芸術と社会に直接関与する芸術家が現れた。ナポレオンの後、王政復古を唱えるものも後をたたず混沌とした、保守も革新も区別することが無意味な社会にあって、誰もがどう生きるかを模索しなければならないシビアな時代に、現代も当てはまるのではないか。石破総理が、国連総会で、観衆もまばらな中、なかなか立派な演説を行ったが、貶す輩も多い。良いじゃないか、良いことを公前で言えた時には、たとえダメな政党政治、与党でも評価してあげれば。マリオの格好で公前に登場したヤツより全然マシだ。国会で同じように振る舞えればと、但し書き付きだが、高市や小泉や茂木や野党の連中より、瞬間だけだったが余程マシだったとおもう。瞬間でもマシなことに次々と喝采を送る。人となりではない、人となりはどんどん変化する。それよりマシな直接的な事象の連続に喝采を送り続けることに意味があるのではないか。
ヴェンダースの頭でっかちな映画が嫌いだ。ヴェンダースの映画よりベンダースのインタビューの方が断然良い。ヴェンダースは、サム・シェパードの脚本と組み合わさって、素晴らしい映画が生まれる。サムだって、俳優としては高身長でカッコイイばかりで、ザ・アメリカみたいな役柄でしかないけど、彼の書いたものをヴェンダースが撮れば、脚本も俳優としても光ってみえる。是枝監督もそうだが、ヴェンダースは配役が良いことは確かだ。そういうセンスを頭でっかちさが邪魔をしてる。理解できない情緒が必要なんだよ。だから、ヴェンダースはパトリシア(・ハイスミス)に焦がれているのかもしれない。パットは言う
「人の願いには、失望がついて回る。それでもそれは普通のことだし、多くの人は正気を保っている。つまり人は誰しも希望を抱くけれど、仕事や結婚などに望んだものが叶う保証はないのよ・・・・・。」
素晴らしい出会いは人生を軽やかにしてくれる。ただしそれは人生の重みの欠如という意味でもある。(Patricia Highsmith)

軽やかな素晴らしい人生と人生の重みの両方を体現したがるという、大いなる矛盾に私たちは生きているのかもしれない。
慎重な悲観主義と楽観主義の行動と実効性のバランスの中に生きざるおえない、と言ったところか。

布沢では、昨年豊作だった野生かしたスモモはほとんど実をつけなかったが、昨年収穫した実が、ジャムにしたものと冷凍保存してあって、グラニテかジャムとして食べられる。ヨモギは昨年より今年、草刈りをしながら、かなり多めに収穫して乾燥粉末にして、お茶かケーキかお餅にする。ハッカも耕作放棄地で大量に収穫でき、使うたびに採りに行く。と言った具合で、歳時記的なスケジュールを組んで要領よく時期をみて活動すれば、色々と物産が得られると具体的に思えるようになった。もちろん、村の人がつくるお米や村ぐるみで育てている蕎麦もある。ただ、どれをとっても結局労働力をどう確保するかが鍵だし、収穫効率化を図れなければ経済化も難しい。趣味の程度から経済化するには、同じ田舎でも山地の田舎と平地の田舎では大きく生産性に違いが出てくる。山地の現代的な意味での生産性は、便利な田舎と比べてかなり難しい状況であると認識しなければなりません。
基本的には現代的に言えば、山地は、
生産効率のかなり低い土地であることから、ほとんどの現代的な一般的な産業化の可能性が乏しく、自立的というよりは、国土保全の公益性を社会が認めなければ難しい土地柄でもあることも実感する。日本有数の積雪地であることも、生産性の低さを比較されて、現代社会からは打ち捨てられやすい土地柄であると判断されることも十分にありうる。
それでも、蕎麦の作付けをコルホーズ的に行い、共産的ではない現代の市場に対抗しうる経済化を模索しなければならない。そのへんは村の人が頑張ってくれるとして、自分の苦手な販売戦略を考えなければならないのだなぁ、、、。パッケージデザインとか、販路とか、、、。

などと、うつらうつらと考えながら、綺麗なグリーンのマティーニを飲むのでした。ぁぁ久しぶりに飲みながら、パソコンを前にしたので、だらしなく長々と取り留めなく書いて(打ち込んで)しまった。 


2021年6月13日日曜日

 ウコギ(箱根にて)

5葉の掌状複葉、ヤマウコギは花が葉の影につくらしい。これは花が葉より上についているので、ヤマウコギではなくミヤマウコギのようだ。

ちなみに、米沢などで生垣にされているのは中国産のヒメウコギ(ウコギ)で、上山や山形市内の生垣でも見かけたりする。いつもよく見かけるウコギといえば、このヒメウコギで枝にはよく発達した棘があり葉の輪郭も少し異なる。
山でミヤマウコギを見かけても、同じように葉が展開すると掌状複葉するコシアブラかなとすぐに思ってしまう。うーん、でもコシアブラじゃないなぁ、と思いながら、掌状複葉する低木は山の中でそんなに色々ってわけでもないはずだがと、自分の植物の知識不足を反省する。 どうも調べると、ウコギも色々あって、エゾウコギ ケヤマウコギ ミヤマウコギ ウラジロウコギ オカウコギ ウラゲウコギなどなど。ただ普段に町や近くの山でまあまあ出会うものはヒメウコギ、ヤマウコギぐらいなのではないだろうか。写真のミヤマウコギは標高790m付近なので、近くの山というところでもないと思う。
ヒメウコギは、上杉鷹山公が救荒植物として奨励したというが、まだそれを調理して食したことがない。調理の方法でよく聞くのがウコギ飯。多分、軽く塩漬けして細かく刻んで炊きたての白米に混ぜて楽しむのだろう。湯通しすると香りが逃げてしまうから、炊きたての白飯でむす程度が良いのではないだろうか。もっとも、救荒植物といわれるぐらいだから、そうした食べ方は現代の美食的な感覚なのかもしれない。
それで思い出したのが、白米のこと。
新米が食べられるのは、現代では贅沢な感覚があるけれど、昔は古米を食べられるほど備蓄能力があるという意味でもあったという。新米しかたべられないのは、すぐに食べてしまうぐらい備蓄できないという意味で貧農の境遇をあらわす感覚でもあったようだ。だから、新米を炊いてウコギを混ぜて食してみるのは、貧農の時代のニュアンスにはあっているのかもしれない。
はなしを戻して、ミヤマウコギはあまり食べられる感じでもない。時期も新芽の時期は過ぎているし、葉はそう柔らかそうでもない。ただこうして、山中で人知れず地味な花を咲かせている健気なところを愛でてみるばかりだ。
2021年6月10日 箱根温泉荘付近

2017年6月9日金曜日

銀山街道の雪解け後の今年度の初踏査(2017年6月1日)

銀山街道銀山峠付近の雪解け後の今年度の初踏査(2017年6月1日)を行いました。
峠道入り口のお手製の看板には、昨年作成されてた銀山街道のロゴが焼印されて、少しずつではあるが一般の方々の利用に向けて整備が進んでいます。

昨年同様にナラ枯れの影響による立ち枯れ、倒木が多く散見された。今年度は根こそぎ倒木する状況が増えている。
今回の踏査より先に行った束松峠での踏査でも、山林はナラ枯れの状況であったが束松周辺は一時期のナラ枯れのピークは過ぎ去ったように思われ、ミズナラの枯れた後にはモミジの仲間が中低木層に多く見られ、ミズナラ林から、いずれモミジを中心とした林に遷移していくように感じられました。

今回踏査の銀山峠付近は、まだそこまでの様子は感じられず、ミズナラの実生が多く次世代として見られるように感じました。現在のように放置していると、ミズナラの立ち枯れが増えるのか、束松付近のようにモミジの林に遷移するのか、まだわかりません。

いずれにしても、山道の管理(あるいは逆に、山林を管理するための山道)を考える時、その山林保全の意味、効率性や合理性から、道のルート左右10〜15メートルずつを道の管理対象とした施策とすることが必要に思います。



山道を整備して人の手が入った道と林の境界のところには、ヒメシャガが徐々に昨年より今年と広がっています。


銀山峠道入口付近と案内記名板

スギ林の林床にはミズナラの実生が多い

一昨年からの根こそぎ倒木した状況(ミズナラ)


立ち枯れしたミズナラも昨年より増えている
今年度の倒木状況

山道の整備によってヒメシャガの群落が拡大している
人の活動が在来の花の開花というかたちで景観に顕われる

踏査のようす
 



2010年11月10日水曜日

ツルシキミ

11月10日、仕事で箱根に調査に出掛けた。
調査した付近の雑木林の林床にヤブコウジに似た赤い実をつける常緑の葉がちらほらと見えた。

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葉の縁に鋸歯(ギザギザ)がないのでヤブコウジではない。ほかに地に近く赤い実をつける植物というとセンリョウ、マンリョウなどがあるが、いずれも鋸歯があるのでこれも違う。
葉を一枚もぎ採り、葉を透かしてみると油点がみえる。

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油点はミカン科の植物の特徴だ。クシャクシャと葉を揉んで匂いを嗅ぐと、柑橘系から化粧香にグラデーションする。あきらかにミヤマシキミかツルシキミに違いない。
枝は直立せず地面を這っている。そして、あまり枝分かれしていないところをみるとツルシキミとみて間違いない。仏前や墓前に備える植物としてサカキやシキミがよく供えられるが、本種ツルシキミまたはミヤマシキミを尊ぶところもあるという。たしかに香りならサカキやシキミよりも本種を選ぶということもなんとなく頷ける。

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箱根ではちらりほらりと見かけるだけであったが、四国、阿讃山脈(讃岐山脈)山頂付近ではシデの林内にツルシキミが群生する。(下の写真は群生するツルシキミ、040602大滝山・高松市)

(2006.11.19記す)

セリ

せり なずな
おぎょう はこべら ほとけのざ
すずな すずしろ これぞ七草

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ちょっと、春の七草の季節はおわりという気もするが・・・・。
七草のなかでも、好きなのはセリ。癖の強いものが苦手な人には向かないかもしれないが、その香りがたまらない。春の香りというか、すがすがしいというか。やはりスーパーで売っているものよりも、山取りしたものが、香がたかく格別である。たんぼの畦や小川のほとりなどに生えている。しかし、間違ってもドクゼリには手を出さないように。ドクゼリは根茎が特徴で、太くて節のあるヤマイモのようなかたちをしている。猛毒性分をもっているので、よく調べてから食べないとどうなっても知りません。どんな山菜でもよく調べて、判別に自信のないものは食べるのをやめましょう。(2005.05記す)

ミズカンナ

連休、人並みに休日を過ごしたいと思いながら、前夜にありがたいことに、次回の仕事の資料をいただき、それとは別に連休開け提出の仕事をいただいた。
前半は仕事の準備、後半は仕事ということで、連休中は静かな都心環境で仕事をする。
ということに相成りました。初日ぐらいはゆっくりとということで、近所の小石川植物園に行き、久しぶりに自由な植物観察をしてきた。

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小石川植物園の池に浮かぶ水性植物、ミズカンナという。
アメリカ原産の大型の常緑の水生植物だ。常緑なので他の植物園のものをみると青青としているが、ここのはいつ見ても枯れ茎と枯葉にまみれている。そこはかと、緑の葉と茎がみえる。僕としては、枯れたところと青青としたところが混在しているこの植物園のミズカンナに趣を感じる。生と死、若さと老いが同居しているミズカンナの様が何か真実を語っているようにみえるのである。

今、小石川植物園はツツジとフジが満開でそれを見にくる来訪者が多い。花の咲く時期しかその植物をみれない、あるいは見ないというのも、なんだかいいような悪いような。
秋の紅葉のみならず、老いがれの自然をみる情緒というものも、ぜひとも大切にしてもらいたいものだ。それこそ自然の姿に他ならない。

昔の日本画なんかには結構枯れ朽ちる植物を描いたものがあったりする。僕もミズカンナのスケッチをしてみた。職上柄からいえば、風景(空間)と描く植物が何か分かるように描かなければいけないような気もするのだが、技量がないので、風景として描いて出来上がりにした。水面に浮かぶミズカンナ、合間から青い葉が見えかくれする。手前はたぶんキショウブだと思う。奥の岸には若葉をたわわにしたイロハモジの枝がずいぶんと降り下がり、たなびいていた。(2005.05.01記す)

ゲンゲ

この時期田植え前の農地でみかける中国原産のマメ科の植物です。
花はミツバチの蜜源でもあるが、昔ほど田圃を赤紫に染める姿をみることはなくなったそうだ。僕の思い出は、ゲンゲよりもシロツメクサやムラサキツメクサが咲き乱れる風景の方が馴染みがある。小学校の時にバッタなどを田植え前の水田や草原の中でとって遊んだりした思い出がある。

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ゲンゲは中国原産で、水田の緑肥として栽培されていたが、化学肥料が普及してその姿を見かけなくなった。ゲンゲをはじめとするマメ科の植物は空中窒素を固定する。耕転して土中にすき込むことで、水田に窒素養分を貯え、稲の栽培に役立つのである。窒素肥料分は稲に吸収され窒素化合物として、つまりタンバク質として稲の全草の構成要素となる。高度成長期を通じて化学肥料が普及し、近代農業は窒素養分もこうした化学肥料で賄うようになった。窒素養分は、重要な要素ではあるが、窒素過多となると、タンバク質分の多い米となり、栄養化は高くなるものの、食味のあまり良くない米となってしまう。一般にタンバク質分が少ない米が美味いということらしい。

葉はマメ科の植物によく見られる楕円形の小葉が7~11枚程度からなる奇数羽状複葉。

山菜採りの事故・ギボウシとバイケイソウ

ニュース(2005年5月6日)で山菜採りの事故のニュースがあった。
山へ山菜採りに出かけ、帰りに焼肉屋へ立ち寄り、そこで採ってきたオオバギボウシを焼いて食べて中毒になり亡くなったそうだ。どうやらそれはオオバギボウシではなかったらしい。

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確かにオオバギボウシとバイケイソウの葉の感じはよく似ている。特に今頃の若葉の頃は特に見分けるのが難しいかもしれない。

写真左はオオバギボウシで、写真右はバイケイソウだ。ちがいはギボウシ類には葉柄があり、バイケイソウ類には柄がない。だから若葉の頃は葉柄が未熟で見分けにくいわけだが、成長してくるとオオバギボウシやギボウシは葉柄が伸びでくるのですぐにそれとわかる。

どちらも湿気のある冷涼な場所に生えていて生息地も似ているので、間違えやすいということもあるようだが、バイケイソウの方がやや高所で冷涼なところで見かけるように思う。(似たものでコバイケイソウという毒草もあるがこれは完全に高所に分布するらしい。それを僕は見たことがない。)それに比べてオオバギボウシはあまり日当たりの良過ぎない湿りけのある土地であれば然程冷々としたところでなくてもまぁみかける。それにギボウシの仲間は品種改良されて庭園芸としても利用されているので、バイケイソウより分布域には幅があると思う。だから冷涼な湿度のある山谷が生活圏の近くにある中部地方や東北方面では分布域が近しいので見誤ってしまう事故もあるかとも思うが、西の地方ではあまりそういう間違いはなさそうな気がする。

それにしても焼肉屋で焼いて食べたというが、若葉を焼いて食べたのだろうか?若葉も美味しいらしいが、食べたことはない。葉柄があるかないかで、毒か毒でないかわかるのだから、とにかく葉柄のないものは食べないのが安全だ。

山菜採りは楽しいが、食用できるものと毒になるもので、見た目が似ている種類があったりするので気をつけなければいけない。そして大体山菜採りは毎年あそこにはあれがあって、こっちにはこれがあってと当たりをつけていくように、つまり知った山で採るようにしたほうがよい。

それでは食べる方のオオバギボウシというと・・・・・。葉柄の部分を湯がいて水にさらし、マヨネーズをつけて食べる。少しぬめりがあって美味しい。僕はこれを岐阜の古川という町に暮らす塚本さんのお宅ではじめていただいた。癖のない甘みとぬめりと歯触りでとても美味しくいただいた。翌日には、チシマザサを採りに行きその場で新鮮なものを食べさせてもらい、とても楽しい山菜の時を過ごさせていただいたのである。

採り過ぎれば環境破壊になる、知らなければ事故になる。山のことを大切にする、大切にするためには山のことを理解する。そうすれば自ずと美味しいものを山が教えてくれるのだと思って心しよう。

写真左:オオバギボウシ(2002年高尾にて) 写真右:バイケイソウ(2003年丹沢にて)

2005.05.07記す

2010年4月21日水曜日

エリンギ

エリンギ
[2005年06月03日(金)記述]


最近出回っているエリンギというキノコ。
なかなか、歯ごたえもあって、味もあり美味しい。もとはイタリアのキノコという。

エリンギ / 田賀陽介筆


イタリアのキノコの多くは北イタリアが中心だそうだが、エリンギはイタリアの南部で自生するキノコだそうである。もちろん日本で市販されているものは自生ものではなくて栽培ものであるが、もともと野生のものはプーリアとかバジリカータとかの南部の山々一体に若葉がふきはじめる春先木立の足下、枯葉の合間からニョキニョキと生えてくるものらしい。

向こうではカルダレッロとかカルドンチェッロとよばれる。イタリア料理人の田中氏に聞いたら、カルドと呼ばれるキク科アザミ属の植物があって、そのカルドが枯れたあとに出回るキノコということでカルドンチェッロという名前がついているらしい。エリンギは学名。

最近はどうか知らないが、ヨーロッパでは日本ほどキノコを食べなかったそうだ。その中でイタリアだけはローマ時代から食されていたらしい。このエリンギも古代ローマから食されていた伝統の食材ということだ。

ちなみにカルドはその茎を食べる。野生のアザミを品種改良したもので茎の部分はちょっとセロリに似ている。アザミといえばゴボウである。そう、ゴボウは日本で食べるアザミ属の代表的植物である。野生のものはモリアザミ(牛蒡薊)、ハマアザミなど根を食用にする。ノアザミなどは根を乾燥させて神経痛や利尿の民間薬にしたり、若い根生葉は煮て水にさらし和え物、浸し物にする。日本でもなじみの深い植物種である。山に入るとヤマゴボウと呼ばれる植物があるがこちらは毒なので間違わないように、我々が普段食卓で口にしているのは「ゴボウ」とよばれるアザミなのである。

話は、エリンギにもどり、日本ではいくつかに刻んでバター炒めなどにするのが一般的なような気もするが、やはりイタリア南部原産のエリンギ茸はぜひとも、まるのままもしくは大きいものは半割にして、オリーブオイル、パン粉、ニンニク、パセリを混ぜたものを、エリンギ茸にかけてオーブン焼きして、塩、胡椒で食べてみたい。

南部イタリアではバターをほとんど使わないから、現地に近い食べ方といえる。現地に行って食べるのが一番いいが、たまに原産地の食べ方で味わってみるのもいいと思う。(文責:田賀陽介)

ケクロモジ

クロモジの生育環境について
[2005年12月05日(月)記述]

【1.クロモジの枝葉の様子】

四国でみつけたクロモジはクスノキ科クロモジ属の亜種、ケクロモジのようです。

本州などに普通に出現するクロモジの葉より一回り以上大きいようで、成木の葉身は12cmから15cm以上あります。そして葉先が少し細長くのびています。クロモジは無毛ですが、ケクロモジの葉の表と裏に毛が密生しています。成長の過程で毛の密生度が変わってきますのでどのぐらいの密生度か、ということは一概にはいえません。また枝先に3枚から5枚程度の葉をつける様子はクロモジと変わりがありませんし、発色の良い深い緑色の枝に黒い細長い斑点縦に連なって模様になっているのもクロモジと同様です。

ケクロモジ 徳島県市場町2005年11月13日撮影



【2. ケクロモジの枝ぶりの様子】

ケクロモジの枝は地面が平らであれば、四方に枝を伸ばし横に広がるように成長しています。葉は互性につき鮮やかな緑色が目立っています。阿讃のケクロモジの立地は傾斜が急なので下り方向に向かって放物線状に枝がのびています。



立地に寄って同じ種類の樹木でも枝ぶりの様子は違ってきます。少し分かりにくいですが、写真の株立ちして枝先の方に黄緑色の葉っぱがついてるのがケクロモジです。斜面の下の方に向かってしなるように枝が伸びています。どんな植物でもそうですが、植物のもつ枝付きの特徴以上に光の方向や量と重力によってその木の立ち姿は変化します。



【3. ケクロモジの樹形の比較】

同様の阿讃山脈のケクロモジでも大滝山(海抜945m)のヒノキ林の林内に生えているケクロモジの樹形は異なっています。この付近は香川県の自然公園と大滝山西照神社の社叢林
(しゃそうりん)となっているので植物採取はできません。このヒノキ林は間伐されて、下枝も打ち払われているので、明るい林内になっています。



林内には、かなりの密度でケクロモジが群生しています。標高が高いためか背丈はあまり伸びないようです。前出の雑木林と比べて傾斜が緩いために主軸がまっすぐのびて枝が四方に広がっています。簡単にスケッチをして比較してみました。左が傾斜の急な雑木林のケクロモジ、右が傾斜の緩いヒノキ林のケクロモジです。



環境によってずいぶんと樹形がかわっていることがわかります。ただし、ケクロモジの枝振りは両方とも概して直線的な印象があります。だから急斜面で多少しなった感じの樹形になっていても粘りのある樹木のしなった感じとは雰囲気が異なります。





【4. ケクロモジの生える林相と微地形的風土】

阿讃山脈でのケクロモジの出現する地理的条件は、山の北側斜面となる明るい林内で、直射日光の当たらない環境です。ある程度の植物遺体と腐葉土が堆積した少し湿り気のある土壌であることも条件といえます。ですので、この条件を満たせば、雑木林でも、生産林でもその林内にクロモジは群落を形成しているようで、「ケクロモジの樹形の比較」で示した大滝山(海抜945m)の山頂部の杉林の林内でも群落を観ることが出来ます。
今回のケクロモジの生育地は海抜300m程度の阿讃山脈の北側斜面山腹で、土地の利用履歴は40年前までは薪炭林として使われていた雑木林です。現在の林相の概観はコナラとホオノキを樹冠とする林(ホオノキ - コナラ林)となっています。大抵の樹木は株立ちしていて、薪炭林としての伐採の経緯がその景観に現れています。




植相の概観は

高木・亜高木層:ホオノキ、コナラ、クヌギ、トネリコ等
低木層:マルバウツギ、シキミ、ヤブニッケイ、ヤブムラサキ、
ツゲ、ヤブツバキ、イヌガヤ、ヒイラギ、ケクロモジ等



【5. コナラ - ホウノキ林に隣接する林相】

隣接する同様の北斜面の放置薪炭林では、林相が異なっている場所もあります。この対象地に隣接する山林の林相は、ケヤキとヤマザクラを樹冠とする林(ケヤキ - ヤブツバキ林)で、植相の概観は、高木・亜高木層:ケヤキ、ヤマザクラ、コナラ、低木層:ヤブツバキ等、でケクロモジは出現していません。この林相違いは、土壌堆積厚の違いといえます。概観しした土壌の状態は対象地であるホウノキ - コナラ林で植物遺体の土壌堆積物が多く、ケヤキ - ヤブツバキ林で土壌堆積物が少なく岩石が露出しているところが多く見られ、土壌厚の違いとその保水性よって林相の違いが現れていると考えられます。


周囲の放置薪炭林をみても、このような二種類の林相がパッチ状にみられます。こうしたパッチ状の山の林相の特徴を形成する理由として、もともと阿讃山脈の地層がもろく、地滑り多発地であるために滑落崖が山のところどころに形成され、その滑落崖下方に土壌の堆積が起こり、そこにホオノキ - コナラ林が形成されるために(※1: 滑落崖の形成と林相の関係)、点在する崩落状況がパッチ状の林相として現れていると考えれらます。
地形的林相であるホオノキ - コナラ林は直射日光のあたらない明るい林内であるために、低木のケクロモジが出現していますが、いずれ気候的林相に遷移して、アラカシを主体とする常落混交を経てシイ林の極相となると予想されます。そのため、活用目的種であるケクロモジの自然生育環境を維持しながら、ある一定の自然度を保った活用林を形成することを目的とした選択的間伐を試験的に行っていきます。(これを環境保全活用型の景観デザインの手法の一つと考えています。)

※1: 滑落崖の形成と林相の関係
滑落崖の下方に地滑りブロックが出来、その上に植物遺体が堆積し、滑落崖の下方からの地下水の浸出し、堆積した植物遺体を豊富に含んだ土壌を湿潤にするため、陰樹よりも水気を好む陽樹の林相、つまり気候的林相よりも地形的林相を形成する。(参考:「山の自然学」小泉武栄著・岩波新書p38)

2010年4月20日火曜日

オオバコ

オオバコ(大葉子)
オオバコ科オオバコ属
日当りの良い道端などによく見られる多年草。
花期は4月から9月ぐらい。漢方では「車前草」、実を「車前子」といい、咳止めや視力回復に効用があるという。車前草とは車(俥、くるま)の通る轍(わだち)周辺によく見られるので、その様子から命名されたという。「湘南の森」のボランティアに参加している辺見さんはカエルッパと呼んでいた。幼い頃切り傷等に木の葉を揉んで患部にあてたとも言っていた。地域によってはケロッパ、ゲエロッパなどとも呼ばれる。

柳宗民氏の著書には「死んだカエルをこの葉で包むと生きかえるということからきたらしいが、これは一種のしゃれ言葉だろう。」と書かれている。子供の頃の私自身の印象から言えば、道の脇にカエルが現れ、その道や田んぼの畦の脇にはオオバコの生えていた。だから漠然と雨上がりの砂利道の轍(わだち)の水溜まりや畦とオオバコと雨蛙がセットになって想い起こされる。なんとなくオオバコの葉の形や色がカエルの頭や胴体と似ているような気もしていたから、そんなところから「カエルッパ」と呼ばれていたとするなら納得のいく命名なのだが、死んだカエルを葉で包んで生き返らせるほど慈悲深い人などそんなに多くいたのだろうか?柳氏もシャレと言っているが、どうなのであろう。



子供の頃の草遊びで最も印象に残っているのはこのオオバコの花茎で「すもう草」としての想い出が強い。丈夫そうな花茎を選んで摘み取り、相手の花茎とこちらの花茎を交差させて引っ張り合う、これを何回かの勝負で競う遊びだった。





(2009年9月6日、大菩薩嶺山麓付近にて撮影、田賀)

人に踏まれ俥に踏まれ、地から這い上がって立ち上がり、路上に延々と子孫を増やす。さりとて、オオバコは他の雑草と呼ばれるものに比べてどちらかといえば、うるさく、はびこるといった印象を私個人的には、あまり感じない。思いのほか品格というものがある気がする。と感じているのは僕だけだろうか......。(文責:田賀陽介)


参考文献:「柳宗民の雑草ノオト」柳宗民著、三品隆司画/毎日新聞社


2009.9.11の記事を2010.4.20に修正補筆