2017年4月1日土曜日

「埋没35分後の生存率はわずか7%」

「埋没35分後の生存率はわずか7%」

今回、雪崩発生後の本部への通報が40分後だったと言われている。「埋没35分後の生存率はわずか7%」この冬山の知見が事実で、冬山登山についての一般的な知識だとすると、そして仮に「絶対雪崩が起こらない場所」であったとしても、「冬山の安全指導」という観点からも、指導者は、少なくとも35分以内に救助を要請し救助活動が行える体制を整えておく必要があった。そのような体制で訓練を行っていることを受講者に指導することも、指導の一環でなければならなかっただろう。
引率者は、雪崩に対して無知であったか、自分たちの活動において雪崩を想定していなかったか、ということになってしまう。登山とはある意味わざわざ危険なところに行くようなものとも言えるし、熟練した登山家や山岳写真家があえなく命を落とすこともある。現場の状況判断が(外野が四の五の言う以上に)結果がどうあれ重視せざるおえないこともありうる。
しかし、今回の件は訓練指導であるという点からこのことを考える必要があるし、学ばなければならないことがある。亡くなられた方々のご冥福を祈りつつ。

 「ビーコンを持った人は、平均埋没時間を170分から20分に短縮でき、死亡率は78.9%から50.4%に低下したと報告されています。近年ビーコンの技術開発が進み、使用法を学べる機会が増えたことで、一般登山愛好家でも活用できるようになりました。
 冬山はとても魅力的ですが、同時にリスクが潜んでいます。雪崩に遭遇しないのが一番ですが、いざ巻き込まれた場合、少しでも助かるように装備をそろえ、人を助ける知識と技術を身に着けて山に入りましょう。(大城氏の記事本文より)」


以下記事。

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4分の3以上が窒息死−−雪崩埋没者への応急処置と予防法!
2016年2月29日 大城和恵 / 北海道大野記念病院医師/国際山岳医

http://mainichi.jp/premier/health/articles/20160224/med/00m/010/005000c

 今回は、雪崩に遭遇した場合の医療的側面をお話ししていきます。早速ですが、皆さんは雪崩による死因は何が一番多いと思われますか? 雪に埋まるわけですから、「低体温症」を挙げる人が多いかもしれません。しかし欧州、および北米での統計では、雪崩埋没時の死因は、窒息が全体の75〜94.6%を占め、次は外傷死で5.4〜23.5%。低体温症による死亡は1%程度と報告されています。

埋没35分後の生存率はわずか7%

 実際に雪崩に遭遇した友人の話を聞くと、「流され始めたら、どんどん口や鼻に雪が入ってくる!」「気を失っていて目が覚めたら口の中に雪があって息ができなかった!」と言います。

 雪崩で埋没してしまった人の生存率のグラフを描くと、時間とともに直線的に下がるのでなく、埋まってから35分後までに、急速に低下するのが特徴です。これは、ごく短時間で命を奪われる急性の窒息の例が多いこと、またそれを免れても顔のまわりが雪で囲まれてしまい、呼吸をする空気のスペース(エアポケット)がなくなって窒息して亡くなる人が多いためです。

 つまり埋没した人の生存率は、時間に大きく左右されることがわかります。2001年、欧州の研究者は埋没35分後の生存率を34%と発表しました。これでも厳しい数字ですが、11年に発表されたカナダでの生存率は35分後に7%、という衝撃のデータでした。

最大4分の1は外傷死

 雪崩は数トンもの硬く巨大な雪のブロックが流れ落ちてくるものです。その速度は時速数十〜200kmにも達し、自分もそれと一緒に流されます。解けては凍り、踏みつぶされて固まった氷の塊、と言った方がイメージしやすく実態にも近いでしょう。雪崩に巻き込まれると、この氷の塊がぶつかってきたり、樹木にたたきつけられたり、さらに塊の下敷きになったりするわけですから、大きな外傷を受ける可能性が高くなります。

 最近の報告では、雪の密度が高く、湿って固まりやすい沿岸部での雪崩では、密度の低いサラサラの雪が積もる内陸部の雪崩より死亡率が高くなる、とされています。雪の密度が高い方が窒息と外傷の発生率を高めるからです。このことを考慮すると、沿岸部、内陸部という地域差だけでなく、季節によっても雪の性質には違いがありますので、死亡率は変わってくるのかもしれません。

低体温症死はわずか1%

 窒息、外傷によって急激に起きる死亡に対し、低体温症死はもう少し時間がかかって進みます。雪崩に埋もれた人は、窒息と外傷を免れても確実に体温の低下が進んでいきます。人の体温低下は最速で1時間に9度低下する、と過去の事例から報告されています。低体温症が著しく進行し、救出が遅れた場合は死に至ります。しかし低体温症が速く進行したが故に、体の酸素消費量が減り、雪の中に残された窒息ギリギリのわずかな酸素で生きながらえた事例もあります。
実際の応急処置 雪から掘り出された人にすべきこと

1.気道確保
 次に、雪崩の現場に居合わせた場合の応急処置法を考えましょう。窒息が死因の4分の3を占めるということで、雪の中から掘り出した要救助者にまず行う気道確保とは、まず口や鼻の中の雪を取り除くことです。次に、胸が重い雪の塊で圧迫されていると呼吸できないので、胸の上の雪も取り除きます。

2.人工呼吸+胸骨圧迫
 そして、直ちに人工呼吸と胸骨圧迫(心臓マッサージ)の心肺蘇生処置を行います。必ず現場で開始してください。掘り出した人に心肺蘇生を行わず病院に運んだ場合、助かる確率は非常に低くなります。

 アメリカ心臓協会(AHA)などによって作成されているガイドラインは、10年版で「突然意識を失った人に対しては、人工呼吸より優先して胸骨圧迫を行う」と内容を改定しました。特に、心肺蘇生法に習熟していない一般の人は、人工呼吸は行わず、「できるだけ中断せずに胸骨圧迫を続けるべし」としています。これはとても実践的で、医療資格のない人でも、道具がなくても、迷わず始められる素晴らしい方法です。しかしこの方法は「窒息をしていない人に行う」というただし書きがあるのです。

 雪崩で埋没した人は、少なからず呼吸のできない時間があり、窒息した、あるいは窒息しかかっている人です。こういう場合は、必ず胸骨圧迫と同時に人工呼吸をします。酸素を吹き込んであげなければ、蘇生は非常に困難です。

 「マウス・ツー・マウスは、病気がうつるかもしれないのに、してもいいのですか?」と思った人、いますよね。はい、こういう緊急時には、感染防護のためのビニール素材のシールドやポケットマスクなどは準備ができないことがほとんどでしょう。分刻みで生存率が下がるのに、その道具を探していたら、蘇生のタイミングを逸するかもしれません。

 これまで、直接口を接触させたマウス・ツー・マウスで、B型肝炎、C型肝炎、HIVに感染した報告はありません。10年のAHAガイドライン、国際山岳救助協議会の勧告でも、緊急時に感染防護具を使用しないことは許容し得る、としています。

 「酸素ボンベがなくても大丈夫ですか?」。はい、大丈夫です。私たちの吐く息には酸素が14〜17%程度含まれています。

3.外傷の有無の確認

 次に、けががないか確認しましょう。出血があれば圧迫して止血をはかります。外からは判断できないけががありそうな場合は、できるだけ体をまっすぐ水平にしておくとよいでしょう。

4.低体温症対策
 低体温症は死因としては1%と低いですが、程度の差はあれ、潜在していたり進行していたりしますので、その対応を行います。その詳細は当連載の「低体温症」の項を参考にしてください。

心肺蘇生を行うケース、行わないケース
 まず、掘り出した際に体が切断されている、胸が凍り付いてしまって胸骨圧迫ができない場合などは、心肺蘇生の保留は認められます。救助隊に引き継ぐことがよいでしょう。

 「埋没後35分で生存率が下がる」という知識が広まったことや、事故現場は非常にストレスフルなため、心肺蘇生の開始が適切に行われていない、という報告も専門家の間ではなされています。

 「発生から35分過ぎてしまった人には、心肺蘇生を行わなくてもいいのですか?」。いいえ。35分が経過しても生存していた人はいます。特に、口や鼻が雪で塞がれていない人(気道閉塞〈へいそく〉が起きなかった人)は、1時間以上の埋没でも生存していた例があります。中でも低体温症を合併した場合、エアポケットが大きかった場合は、生存の可能性が上がります。

「致命的外傷がある」「胸が凍って硬い」なら、心肺蘇生は保留
 ですから現場では「致命的外傷がある」「胸が凍って硬い」以外は、心肺蘇生を開始しましょう。現場が安全なら20分は続けましょう。救助隊に引き継ぐ場合は、できるだけ心肺蘇生の中断を短くして継続して到着を待ちましょう。再び雪崩が起きる危険がある場合など、すぐに現場から退避せねばならない状況では、退避が遅れないようにしつつ、その合間や退避後にできる範囲で心肺蘇生を続けましょう。

雪崩に遭遇したら〜まとめ

 雪崩に遭遇した場合の救助手順をまとめます。

○救助要請
○自分の安全の確保
1.要救助者を掘り起こし、気道確保(口や鼻の雪を除去する)
2.人工呼吸+胸骨圧迫
3.外傷の確認
4.低体温症対策
救命率を高める装備
 雪崩に遭った際の救助率を高める装備として、専用のエアバッグや埋没位置を仲間に知らせるビーコンがあります。これは前回も紹介しました。エアバッグの使用により完全埋没の割合が47%から13%に、死亡率が35.3%から1.3%に低下したという報告がありました。しかし最近はエアバッグを過信し、より過酷な環境に挑む例が増えて救命率は低下しているようです。
 ビーコンを持った人は、平均埋没時間を170分から20分に短縮でき、死亡率は78.9%から50.4%に低下したと報告されています。近年ビーコンの技術開発が進み、使用法を学べる機会が増えたことで、一般登山愛好家でも活用できるようになりました。
 冬山はとても魅力的ですが、同時にリスクが潜んでいます。雪崩に遭遇しないのが一番ですが、いざ巻き込まれた場合、少しでも助かるように装備をそろえ、人を助ける知識と技術を身に着けて山に入りましょう。

大城和恵
北海道大野記念病院医師/国際山岳医
おおしろ・かずえ 1967年長野県生まれ。医学博士、山岳医療修士。日本大学医学部卒業後、循環器内科医として約10年間の付属病院勤務を経て、「山での遭難者を助けたい」という思いを募らせて本格的に山岳医療の勉強を始める。98年、アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ(5895m)に登頂。心臓血管センター大野病院(現・北海道大野記念病院)を拠点に診療を続けるが、09年に退職し渡英。1年をかけて日本人として初めて「UIAA(国際山岳連盟)/ICAR(国際山岳救助協議会)/ISMM(国際登山医学会)認定国際山岳医」の資格を取得した。現在は同病院の循環器内科・内科および登山外来で勤務するかたわら、北海道警察山岳遭難救助隊のアドバイザーも務める。遭難実態を知り、現在遭難しないための医療情報、心臓死の予防、高所登山のアドバイス、ファーストエイド技術の講習会主宰など、山と登山に関する多方面で活躍する。13年には三浦雄一郎さんのエベレスト遠征隊にチームドクターとして参加した。自身もマッキンリー、マッターホルン、マナスル(世界第8位)登頂など海外を含む豊富な登山歴を持つ。