2017年8月5日土曜日

懐かしき銀座の風景

懐かしき銀座の風景
銀座コリドー街のにぎわい。
バブル終盤のコリドー街は随分と薄暗い印象だったが、一頃から比べると人で賑わっているのだ。そしてコリドー街の店はことごとく刷新されている。昔見慣れていた看板はほとんどなく、自分が少々馴染みにした店もほとんどない。馴染みにした店といっても、銀座でそれっぽく飲み食いしたいい感じの話ではなく、例えばコリドー街に面した角のスターバックスは昔、モスバーガーだった。
当時、僕はクーラーの効きの悪い勝どきのマンションに暮らしていて、最寄りの商店街というともんじゃで有名な月島商店街か銀座しかなく、月島商店街は夜が早く、銀座もそんなに遅くまで店はやっていないのだが、大体普段に通える店も僕の経済事情では難しく、リーズナブルで深夜営業している店はモスバーガーぐらいしかなかった。バブル崩壊後、コリドー街やそこから銀座通りにかけてのビルの谷間の路地には空き店舗も目立っていた。そのうちワンショット300円ぐらいで飲めるリーズナブルな店が増えていったりして人が少しずつ戻ってきたが、とにかく当時は閑散とした感じで、東京の中心というよりも一地方の場末の街のような感じであった。
夜な夜な涼みに仕事道具を持ってモスバーガーに陣取り、時折通りかかかるホステスさんやサラリーマンの姿を窓越しに眺めながら、金にならない仕事をのらりくらりとやっていた。銀座周辺に暮らしていながら、結構しみったれた生活を送っていたが、最近のにぎわいを目の当たりにして、それも懐かしい思い出になってしまった。
年に一度が、二度ぐらいもんじゃ屋に行き、駄菓子のようにコーラーとプレーンなもんじゃを突き、勝どきの立ち飲み屋へ行く、トリスのハイボールと季節の料理を二、三品。アルコールがほどほど酔い回ったところで、酔い覚ましと涼みに勝鬨橋をわたり晴海通りを銀座へ向かう、交詢社ビル近くの鳥繁でドライカレーを先に頼んでから、適当な串焼きを数本と日本酒の冷を頼みもう一回り酔ってみる。
けれど、月島商店街ももんじゃ屋がやけに増えて随分と雰囲気が変わっていた。馴染みの銭湯もほとんどなくなってしまっていたし、久しぶりに鳥繁に入ってみると、昔のようなサラリーマン客層よりも年配のリタイヤ組や女性の姿がとても目立つ店になっていた。昔通った店を懐かしんだ年配がご夫婦で来店しているような雰囲気だ。
それも時代の趨勢であるのだろう、高齢化社会の良い銀座の雰囲気がつくられていってほしいものだと、年配夫婦の客姿を眺めながら、店の片隅で串を2本、酒は飲まず烏龍茶、締めのドライカレーを頂きながら店を出た。
鳥繁のあと、最後の締めは、近所のバーか帝国ホテルまで足を伸ばしオールドインペリアルバーでボーモアのスペシャルエディションかポートエレンをストレートでワンショットか気分のいい時は二杯目をいただき、キリッと帰る。それがたまの楽しみの飲み歩きであった。
だが、通りすがりで久しぶりにちょっと銀座を回ってみると、どれもこれも懐かしみの中にあることにややたじろいだ。
懐かしみをネガティブあるいはただの懐かしみにするのではなく、このノスタルジーから今の暮らしのリアリティの礎となる価値を見出していくことが大事なのだと思っているのだけれど、そう思う自分ですら、たじろいだ。自分が思う以上に日本社会全体の高齢化が進んでいて、そのこととは別に今の歓楽街に見る表層的な活気をリアルだと思って(思い込んで)活動している状況があって、一歩霞ヶ関に足を伸ばせばデモが行われていたりする。歓楽街もデモもどちらもチラ見で通りすがるしかできていない自分もいる。
勝どきの立ち飲み屋は、その頃暮らしていたマンションの近所ということもあって、2、3週間にいっぺんぐらい行っていたかな。時折、そこの常連だった杉浦日向子さんと遭遇することもあった。隣で一言二言会話を交わしたりしたのだが、神戸の三宮でバッタリイタリア料理店で居合わせた時には驚いた。それから一ヶ月ほどだろうか、彼女の訃報をきいた。
彼女の描いた「合葬」に随分と感じ入っていた。江戸という幻想の世界としか感じられなかった時代を漫画を通じて、幻想でありながらに現代の現実の感覚に繋げ、時代を連続性として顕在化して見せてくれた、その時間軸を縦横無尽に行き来させる感覚に魅せられて、ノスタルジーというものに希望ということと同等の価値を与えて、今の暮らしに落とし込んで物事を考えたいという発意を自分に与えてくれた人だった。亡くなるちょっと前に引き合わせてくれた何かの縁を感じずにはいられない。はなしは逸れたが、今一度、振り返って過去を積極的に見つめて今の、これからの暮らしを考えてみたいと思わせられた通りすがりの銀座の夜だった。
そのうちもう少し杉浦さんのことを書いてみたいのだが、ただ今は、江戸風俗の研究者としての彼女より、ひとり飲み屋にやってきてニコニコと呑んでいた姿を思い出すに留めて