2021年9月24日金曜日

《里山考 その2》

 《里山考 その2》

永幡嘉之氏の著書「里山危機」を読ませてもらい「里山」という言葉が随分と最近の言葉だということがわかって、関連する言葉が気になってきた。一番古いとは限らないかもしれないが、調べた範囲で幾つかの言葉を探ってみた。
専門家でなくても、田舎や山に出かければなんとなく思い浮かぶ言葉だと思います。現代生活とは街の暮らしは随分違いと思いますが、山へのイメージは、古語の言葉や意味と今の感覚とそんなに変わらないようにも思えます。
まず、
◯「山」というのは、山そのものではないが御神体を山とする信仰の意識に求めることができるように思う。平凡社の世界大百科事典によると「山神」が、「恩頼と畏怖の観念を同時に併存させた神秘的な存在であった」とある。
◯「外山(とやま)」
「里山」に近い言葉の古い言葉で、百人一首にある
「高砂(たかさご)の尾の上(へ)の桜咲きにけり、外山(とやま)の霞立たずもあらなむ」
(遠く高い山の頂きに桜が咲いているよ、(桜が見えなくなるから)近くの山の霞が立って欲しくないな)
などと近くの山と表現されています。
◯「深山」
「いと気色(けしき)ある深山木(みやまぎ)に、宿りたる蔦の色ぞまだ残りたる」
(たいそう趣のある奥山の木に寄生する蔦の紅葉がまだ残っています)源氏物語・宿木
◯「奥山」
「奥山に紅葉(もみじ)踏み分け鳴く鹿の、声聞く時ぞ秋は悲しき」
(奥山の紅葉を踏み分けていくと鹿の鳴く声が聞こえて秋のしみじみとした感じがしますね)百人一首
◯「里(さと)」
里山はないけれど、「さと」という言葉は結構使われていて、その意味は多様で、「実家」、「自分の居場所」、「(自分の)郷里」、「地方の田舎」と文脈によって使い分けらえているようです。
「この道の八十隈(やそくま)ごとに万(よろず)かえりみすれど、いや遠にさとは離(さか)りぬ」
(この山道のくねくねと曲がるごとに何度も返り見ると、もう妻のいる家は離れてしまったよ)万葉集・柿本人麻呂
「知りたし人、さと遠くなりて音もせず」
(知り合いだった人も、わたしの家が遠くなったので訪れもしない)更級日記・菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)

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